研究概要について;理念

 私は、医学研究には患者を治すという明確な目的がある、と考えています。思わぬ偶然から大きな発見が生まれるのは、確かにその通りです。しかし、それは何も目指さないで生まれるわけではありません。私は、高校生の頃英語の読本で、著名な科学者が「私は砂浜で無数の貝殻の中から美しい貝殻を拾ったに過ぎない。」と書かれてあるのを読み、著者が謙遜であると思う以前に、「そうではない。」と強く思いました。確かに研究は実利を離れて孤高であるべきですが、現前に苦しむ患者を前にしての医学研究は違います。医学研究は必ず患者の利益につながるべきであると、そう考えてこれまで実践して来ました。

 私の場合動機は、病因を解明したいという熱い思いでしたが、医学に限らずどの分野においても、ひとは若い時分に自らの前に出来る限り高い壁を設定し、これを乗り越えるべく努力する中で、はじめて成長します。闇雲に努力するからこそ、アスクレピウスの灯が垣間見えて、セレンデピュイティーすなわち発見の賜物にも遭遇するのだと思います。この闇雲というのが、実は非常に大切で、闇雲すなわち限界まで行って、もがき抜いてはじめて工夫が身に付き、進歩が生まれます。私は実体験を通じて、これがゼロから出発して満点に至る(おそらくは唯一の)道であることを知っています。このことはしかし、考えてみると不思議で、理論だった説明は難しいけれど、未知の荒海に漕ぎ出すには、既存の羅針盤は役立たない。既存でない工夫すなわち真の創造には、小賢しい才覚など役に立たず、自らの心を灯とし、自らを信じて、単に頭脳ではなくいわば体を張って全身全霊をもって、正しい方向を目指さないと目標に到達できない、ということなのかと思います。脳のシグナルネットワークがそのように出来ているからに違いありませんが、脳細胞も設計図通りでなく動的に生滅・離散集合を繰り返していますから、限界に立ってはじめて未来が切り拓かれる、これが「いのち」の姿なのかも知れません。

 さて、リウマチ膠原病の病因は不明とされています。いわゆる自己免疫疾患ということが巷に信じられていて、この五十年の間ずっと、自己免疫を誘導する自己抗原は何か、などが研究されて今日に至っています。しかしながら私達は、これもセレンデピュイティーの賜物かも知れませんが、原因不明とされた全身性エリテマトーデスSLEが、自己免疫に因らず、外来抗原の繰返し刺激に対する正常ないし通常の免疫応答の結果生じること(すなわち、異常あるいは病的な免疫応答の結果ではないこと)を見出しました(Tsumiyama K et al. PLoS ONE 4(12): e8382, 2009)。このことは、一見大したことではないように思われるかも知れませんが、実は非常に重要で、天動説に対する地動説の如く、考え方の根本が正反対になります。SLEにおいて自己に対する免疫応答(自己への攻撃)が生じるのは、病的状態だから、と考えるのが自己免疫説です。しかしながら、正常の免疫応答によって自己に対する免疫応答が、いわば結果として生じる、ことを私達は見出しました。すなわち、リウマチ膠原病においてみられる自己免疫現象は、あくまで(正常の免疫応答の)結果であって、原因ではないということです。

 自己免疫疾患説は、SLEを惹起する自己応答性T細胞が、①胸腺の選択を逃れた一部のT細胞あるいは②一旦胸腺を通過して自己に非応答性となったT細胞集団の中から免疫寛容が破綻して生じると説明します。ところが、これらはいわばバリアーをすり抜けたT細胞ですからそのT細胞受容体のレパトワは明らかに限定されていて、SLEで140種類もの多彩な自己抗体がみられる理由が説明できません。というのは、多様な自己抗体が生じるには、抗体産生の過程にランダムなプロセスが組み込まれていなければならないのです。胸腺の選択を逃れた一部のT細胞は、あくまで一部ですから、レパトワすなわちその受容体の数は限定されています。免疫寛容の破綻も、当該抗原に対して応答性を失ったリンパ球が再び応答性を獲得するということですから、そこで獲得された自己応答性はあくまで当該抗原に限定されていて、したがって免疫寛容の破綻によっても多彩な自己抗体は産生されません。

 これに対して自己臨界点説は、胸腺を通過して一旦は自己に非応答となった大部分を占めるT細胞集団の中から、V(D)J遺伝子再構成を経て新たに自己応答性T細胞が生成すると主張します。V(D)J遺伝子再構成という機構は、リンパ球が多様性を獲得するために進化の過程で獲得した必須の機構で、抗体産生応答に「ランダム性」を付与します。このV(D)J遺伝子再構成によって、私達は未だ出会ったことのない未知の抗原を含むあらゆる抗原に対処できるのであり、実際抗体分子はその一端(V領域)がきわめて多様性に富み、あらゆる抗原に結合できます。それは、一個の抗体分子のV領域が変形性に富むからではなくて、各々の抗体分子ごとに抗原結合部位の構造が異なり、抗体一分子はある抗原にしか結合できなくても、からだの中の抗体の総和として多様に富んでいるから、あらゆる抗原に結合できるのです。一人の戦士が多彩な武器をもって敵に挑むのではなく、異なった武器をもった戦士が集合してあらゆる敵に挑むのです。

 抗体分子のV領域のアミノ酸配列の多様性は、この部分をコードする3つの遺伝子群すなわちV, D, J遺伝子の組み合わせによって生じます。すなわち、H鎖のV遺伝子は40個、D遺伝子は25個、J遺伝子は6個あって、その一つずつが選択されてV領域が作られます。したがって、計算だけでもH鎖片方だけで40x24x6=5,760通りの異なった組み合わせが生じることになります。

 このような多様性を生むV(D)J遺伝子再構成機構は、あらゆる病原体に対抗できる点で生体防御応答には有利ですが、これがもし成人の体内に生じると自己抗体が容易に出来て却って危険ですから、V(D)J遺伝子再構成は成人の末梢リンパ臓器においては生じないようセットされています。ところが私達は、このV(D)J遺伝子再構成が抗原の繰返し刺激の結果生じることを見出したのです。

 抗原の繰返し刺激についてみると、私達は麻疹(はしか)に二度罹らないことを知っています。二度目は感染を水際で食い止めると、誰もがそう考えています。しかし、その水際は何処か?皮膚ではないはずですから、ウイルスは二度目も体内に侵入するが、臨床症状を示さないのです。すなわち、初回感染では免疫防御システムが型通りきっちり作動して典型的なはしかの症状が出て、容易にはしかと診断されます。しかし二度目は、麻疹ウイルスに対するCTL(細胞傷害性T細胞)がメモリーに入ってダウンしていますから、典型的症状を示さず、したがってはしかと診断されないのです。ここが臨床医学の盲点で、麻疹ウイルスが毎常侵入していても、臨床所見がないと診断できません。それでも、病原体が繰り返してからだに侵入していることは、風疹ワクチン接種を受けなかった世代の若者が成人になって次々と罹患している事実から分かります。

 現代に生きる生命体は、急性感染には敏感ですが、慢性感染を容認する傾向にあります。その理由は進化の過程にあります。生命体にとって、進化上の成功はnの拡大すなわち種の再生産です。再生産のために重要なのは生殖年齢まで生き延びることですから、私達は腫瘍遺伝子を体内に取り込みひたすら増殖に賭けて来ました。また反対に、強力過ぎる病原体に対してはその遺伝子を体内に取り込み自己化することで強い相手と妥協を試みてきました。病原体が侵入するとpathogen-induced tissue injuryが生じますが、これに対する防御応答の結果defense-induced tissue injuryが生じ、自分のからだが防御応答の戦場になるから、強すぎる防御応答も有害です。この両者とも生命体には進化上不利ですから、私達は病原体を感染症を発症しない(すなわち感染による臨床的不具合を呈さない)レベルに抑え込むがこれを「徹底的には殲滅しない」いわば妥協に満ちた防御機構を備えるに至ったと考えられます。このように、私達のからだに生じた炎症は現実には完治しにくく、身体に致死的でない病原体が侵入を繰り返しやすい素地があるのです。そして、たまたまある病原体がHLA上にうまく抗原提示されてリンパ球が過剰刺激されることになればSLEに至ると考えられます。この際、原因となる抗原は個々人の免疫システムの個性によって違っていてよいが、個人の免疫システムが自己臨界点を超える過剰刺激を受けた結果破綻する(自己臨界点を超える)か否か、すなわち当該抗原が個人のHLA上に抗原提示されて過剰刺激となり得るか否か、が発症の分かれ目になり、同じ病原体に暴露されても、発症する人としない人が分かることになります。

 SLEでは140種類を超える多彩な自己抗体が同一患者においてもみられます。こうした多彩な自己抗体が、(1)胸腺の選択を逃れた一部のT細胞あるいは(2)胸腺を通過して自己非応答性となったT細胞集団の中から免疫寛容が破綻して生じた一部のT細胞などの限定されたクローンから生じるとする説明には無理があります。むしろ、抗原の繰返し刺激の結果末梢でV(D)J遺伝子再構成により新たなTCRが獲得されて生じると考える自己臨界点説の方が自然です。自己臨界点説は、免疫系がシステムとして動的に安定を保つ中、システムの安定性には限界があって、抗原による自己臨界点疫システムの安定性の限界を超えた過剰刺激(外乱)が働くとシステムが破綻して、自己応答性のautoantibody-inducing CD4 T cell (aiCD4 T cell)が生成し、このaiCD4 T細胞が、一方で多彩な自己抗体を誘導し、他方でCD8 T細胞を刺激して組織傷害を生起させてSLEを誘導することを示しています。

 Mackay & Burnetは五十年以上も前に、SLEにRAなど他の膠原病を加えて自己免疫疾患として括りました。しかしよくみると、他の膠原病とSLEはかなり違っていて、みられる自己抗体は多くても数種類です。したがって、生じた抗体は感染原に対して直接産生された抗体である可能性があると私は考えています。病因不明とされたギラン・バレー症候群の原因がCampylobacter jejuni感染症であることが証明済みですが、これと同様に、RAなどは感染と感染原に対する防御応答に起因した強い炎症ではないか?すなわち、SLEがいわばaiCD4 T細胞病であるならば、RAなど他の膠原病はV(D)J遺伝子再構成に至らないレベルの、強い炎症という推定が成り立つと思うのです。そして、RAが強い炎症であれば、炎症性サイトカインを抑制する現在の治療は単に対症療法でなく根治療法である可能性があるということになります。疾病の概念が変わるのです。

 当社では、自己応答性のaiCD4 T細胞の単離すなわちCDナンバーの特定を急いでいます。aiCD4 T細胞が同定されれば、その有無あるいは数によって疾患を確実に診断し病状を定量的に把握することが可能になります。このことは、臨床的にもまた研究上も重要で、SLEを起こすaiCD4 T細胞の本体が解明されることになります。また、SLEの臓器傷害が生じるには、外来抗原がCTLを誘導するための抗原のクロスプレゼンテーションantigen cross-presentationが必須ですが、私達はこのクロスプレゼンテーションを司る分子を同定しています。患者さんの中には同じ病態であっても、臓器傷害がない人、軽い人あるいは重症になる人が分かれますが、それらは抗原クロスプレゼンテーションの仕方に起因すると考えられます。その分子は必ずやHLAの如く人類集団間で多様性variabilityに富み、CTL生成にかかる個人差形成を約束する新しい重要な分子であるはずです。